2005年6月27日月曜日

Vol.65「金色の粉みたいなの出してるおいちゃんに」の巻

 梅雨を通りこして、もう夏来てるねこりゃ。毎年活躍の扇風機登場だ。まだ夜風が涼しいからまわってないけど、いつでも来なさい夏将軍だ。今年もガツンとした夏を一発期待してまっせ。な6月、いかがおすごしか?
 僕はこの6月、あっ!て言ってたら32才になりました。たくさんたくさんの人からお祝いの言葉をもらいました。
 ありがとね。
 祝いの言葉もらうと、おぅ!と非常に実感する。「幸せに」なんて言われると、かなりストレートに“幸せになったるぞ”とおもえる。もうなるべく、そんな ことだけで心膨らませて割れないバルーン、どこまでもいけるバルーンになったろうとおもいます。そんなわけで、これからも僕の体のいたるとこから幸せの金色の粉みたいなのがパラパラと溢れでてしまうとおもうので、楽しみにしていてください。ライヴだと通常の5倍から10倍はでてるそうなので、土をもってかえる甲子園球児のように、空っぽの袋もってきたほうがいいかもです。粉だしていこー32!

 幸せといえば、今月の頭に地元宮崎で幼なじみの結婚式があった。ハッピー・ウェディング! ジューン・ブライドだ。
 地元にいる仲間では最後の砦だった。しかも僕達は小学校6年間毎朝6時にマラソンをしたり、「あんたが巨人の4番なら、僕は西武のエースや」と野球少年 時代のライバルだったり、初めてのチューの相手だったり(ホモじゃなくてよ、遊びでよ、駄菓子の味がした)、悪さして一緒に先輩にぶん殴られたり、語り尽 くせぬ青春の日々のたまてばこだ。腹がよじれるくらい笑える時は、たいていこん人がいた。だから1ヵ月前に報告があった時はなんだか、“こん時がきたか” 的な気分になってなぜか寂しくもあった。しかしそんな気分も束の間、友人代表の挨拶を頼まれたのをおもいだし、緊張し、意気込み、めでたい気分になったも のの、“おう! まかしちょけ!”とひきうけたものの、友人代表ってどんな感じか? 結構かっちりしなくちゃいけないのか? 結構誰も聞いて無いやつか?  とか考えてしまいびびってしまった。友人代表のなりたちを人に聞くがピンとこず、やっぱりあれこれ考えず想いだけでいくことにした。
 結婚式前日宮崎につき、一緒に帰った、東京で演劇をやってるペテカンの誠人と弟と宮崎市内を歩く。「結婚かぁ」なんて言いながら友人代表の話になって、 誠人がよく挨拶で使われているネタを教えてくれた。『結婚生活には三つの大切な袋があります。1つは堪忍袋 2つ目は給料袋 そして一番大事な金玉袋』……2つめまで前フリできちんと説明をして、3つ目で落とす。いやーそんなこと僕が言ってもなーというと、「じゃあ金玉袋を最初に言っちゃえば?」 と、かなり無責任な提案。しかしこれがみょうに笑えて、“金玉袋”を連呼してゲラゲラ笑い合いながら閑散とした商店街を歩いた。
 結婚式当日。式にも出席した。出席者の間を歩いて神父さんのとこへ新郎新婦。新郎、もともと器量のでかい男だがより大きくみえた。“本当に結婚すんのか”と、今さらながらに実感する。こんな時目が合ってしまうと笑ってしまいそうになるので、目を合わさないようにと気をつけてたら、合ってしまい笑いそうになる。目をそらして横をみると、友人の“ハナクソ”が立ったまま寝ていたので、ふきだしそうになる。こんな感じがもう延岡や。
 
 披露宴がはじまり、乾杯の音頭も終わりみんな賑やかに酒をつぎまわり、祝福する。僕はといえば、やはりそろそろやってくるだろう友人挨拶にドキドキして いた。会場もにぎやかしくなった頃に、それはきた。司会の人に紹介されマイクの前に立つと、意外にみんな注目してくれて、新郎との思いでなんかを話し出し た。会場の雰囲気もよく、調子にのって話してたらふと前日の金玉がよぎり、つぎには口からでていた。「えー人生には大きな金玉袋があります」……今思え ば、これの何がおもしろいのか、いや、おもしろいんだけど、前フリもなく唐突すぎだ。もちろん会場はシーンとなった。誠人も苦笑いだった。話をもどし、会 場の雰囲気も戻り、最後は贈りたかった歌を歌った。
 披露宴はその後も盛り上がり、新婦は凛として綺麗で、涙もあり、いい結婚式だった。新郎のおじちゃんやおばちゃん、近所のおいちゃんおばちゃん達が僕達 に教えてくれたこと、見せてくれた世界を、いつかやってくるだろう二人の子供にちゃんとみせられたらいいなと、恥ずかしくないようにしとかなきゃ、とおもった。金色の粉だしてかっちょいいおいちゃんになったります。

 「結婚式二次会 、三次会、四次会後寝ずに朝四時より船にのり沖磯にて釣り。ハードスケジュールもなんの、さすが名人自己最高のメジナをあげる」