2017年12月30日土曜日

Vol.214「2017年の目標だった脱皮はできたかね」の巻

寒さが痛いな、こんなに寒かったかしら12月。今年も終わるわ、しめ縄買わなきゃだ。東京12月から、いかがおすごしか。去年アルバムを作ったからか、今年は脱皮の年にしたいなとおもい、何か新しいことに挑戦するべと思っていた年のはじめ、こういった新しいことに挑戦させてもらえるとは思わなんだ、な2017年でした。

In the Soupで大阪、名古屋、札幌、東京と回った。もちろん今までだって何度もツアーして回ってきたけど、おもしろいことに毎回初めての気分。2017年、今の自分らを発信させてもらった。来年のIn the Soupでどんな音を発せるだろうか。ぜひとも2018年のIn the Soupを体感してもらえたらと。

はたまた横浜マラソンへの出場。そこに向けて練習練習。走れなかった10キロが楽勝になって20キロ、30キロと距離を伸ばしてよく走った。残念ながら大会は台風で中止となり、その一報を前日に聞いた時はがっく~んとなったが、走ってきたこと、それはそれで楽しくて体の脱皮にもなり充実していたし、やればできるんだなぁとも思えた。んが、その後走る時に目標を失ったからか、体が重くそれまでのようには走れなかった。目標って大事ですね。そんでもなんかあれば走れば頭はスッキリしたし、これからも走ることは続けるだろうなとおもう。来年はどこかで大会に出られたらと。

ほんで、先月も書いたけんど、演劇に、ギターを持たずの参加。無事に千秋楽を終えて一週間が経った。いまだ何を書いていいやらだけど、思い浮かんだまんま書こうと思う。

初めての稽古日、台本も無く稽古場へ向かう。どんな役なのか、その日何をするのかもわからずに胃がキリキリ。「何があってもへこたれずに、へこたれても下向かんぞ」と決めて向かうも、やはり緊張した。その日は台本をもらい、これがこの2ヶ月向き合う台本かとドキドキした。一度も目を通していないその台本を、それぞれの役同士で台詞を音読した。読んでくと「チンコ」という言葉があり吹き出して楽になった。いけるぞと思った。その日から毎日稽古場へ行き、少しずつ浮き彫りになってくる。共演者のみなさんの、本を読んで自分なりに理解し、それを表現する力にすげーなーと、こんな真近でこの人たちの演技を観れるなんて、すんごいとこに自分はいるんだなぁと実感した。それでもさらにみんな、模索して探求して悩んで探り続けてた。おもしろいのは、脚本を書いた桑原さんもまた、一緒に模索してたこと。自分の頭の中だけの完成形に向かってそれをそのまま役者に指示するんではなく、自分の書いた脚本をみんなの真ん中において、フラットな位置から一緒に模索してた。何より役者の生理というか、どうしたいのかを大事にしてくれた。これ、自分のやってきたバンドでの楽曲作りと似てるなぁと思った。バンドマンもそれぞれ、自分が全部のパートを作る人もいるけど、自分の場合は自分が曲を作っても誰かが作っても、それをみんなの真ん中に置いて一緒にアレンジしていくのが好きだ。よっぽどそれは嫌だなぁってのがない限り、信頼する、自分以外の感性のぶつかり合いの方が歪で何倍も曲が爆発すると思うし、あぁじゃないこうじゃないとみんなでぶつけ合って構築していくスタジオ内の空気が好きだ。な、もんで、みんなで一つの演劇を作ってく演出の仕方がおもしろくおもえた。  

そんな稽古を重ねて、個性的な役者陣と演出の桑原さんとのぶつかり合いを見ていてふと、こりゃ愛だなぁと、稽古場が愛に包まれているなぁとふとおもった。一つのものをみんなで作る時の集中力や生命力をビシビシ感じた。模索しながらも稽古場や楽屋には笑い声がたくさんあった。はたまた制作の人、舞台監督、音響さん、照明さん、演出助手、衣装さんなどなど、たくさんの人たちが関わりみんなで作ってく、チームになって稽古場は緊張感と愛に包まれてた。なんも知らない自分にも共演のみなさんや、スタッフのみなさんは一つ一つ、やさしく、時には厳しく教えてくれた。  

自分はケン一という男でホモの役だった。お相手の文学座の小林勝也さんには、休憩の時の喫煙所で、稽古終わりの一杯飲み屋で、宿泊先の部屋飲みで、いろんな芝居の話や演じることについてを聞かせてもらった。「あの場面のあの言葉はどう考えてるか」と意見を交換したり、よく「ケンちゃん、あそこでこれこれこうやってみたらおもしろいんじゃないか」「えーいいんすか? そんなことしちゃって」とアイディアを伝えてくれて、74歳とは思えない、何とも言えないいたずらっ子のような顔でグッシッシッシと笑ってみせてくれた。だいたいが不採用になったが、もっと自由に発想していいんだと、自分で考えて行動できることが無限にあること、もっとわがままでいいんだということをおしえてもらい、幅を広げてもらった。勝也さんは自分が出るシーン以外の稽古の時に、終始目をつむって座って動かない。あれ? 寝てんのかなぁと思うもどうやらそうでもないみたいで、ある時「勝也さん、稽古中に目をつむって何考えてるんですか」と聞くと、他の人たちの芝居を音だけで見ているとのこと。目で見てしまうと余計な情報まで入ってくるから、台詞の声、足音、呼吸など音で感じてるとのこと。ベストキッドの師匠みたいでかっこいいなと。それから自分も食器の音、足音、呼吸、余計な音や声は出していないかなどを気にしたりして、楽屋でも気にするようになった。勝也さんの声にも惹かれた。自分が100出しても1でひっくり返されるような声。楽屋でも本番が近づくと、勝也さんは静かに低く喉を鳴らして声を調整して確かめる。それに合わせて自分も、気づかれないように喉を鳴らしてチューニングした。今回、共演のみなさんや桑原さんに教えてもらったたくさんの言葉や行動や姿勢はずっと残ると思うし、自分の暮らしや音楽にも影響していくとおもう。  

バイザウェイ、話は逸れるかもやが、自分の中のむりやりな繋がりの話。高校時代に高倉健の「あなたに褒められたくて」という本を立ち読みし買って「健さん!」となって観に行った「ブラックレイン」で松田優作に惹かれ、今度は松田優作本を読みあさり、その中に出てきた草野大悟という人の「俳優論」という本に行き着き、これが俳優論と言いつつ、飲み屋での話や散文調で思ったことが書いてあるもので、それがおもしろく、二十歳くらいの自分にはその中の幾つかの言葉が残り、ジャンルは違えど影響を受けた本だった。影響を受けたにも関わらずとっくに古本屋に出していたので、アマゾンにて再購入した。草野大悟という人は文学座の人だったので、聞けば勝也さんの先輩だったと。また松田優作は文学座の後輩にあたって、「優作とも飲んだよ」と。今回の東京公演の劇場「雑遊」の看板文字を書いた人が原田芳雄さんで、原田芳雄さんと言えば松田優作が憧れ真似して追いかけた人で、そんな雑遊のこけら落としが平田満さんで、急遽、今回が雑遊最後の公演になり、一度は今回も劇場が使えなくなり中止になったが、今回まではできることになり、偶然にも最後も平田さんで一旦締めくくることになった。そんな雑遊の系列店の居酒屋に行けば原田芳雄さんの写真集のポスターが貼ってあり、写真家の名前をみれば三浦麻旅子さんの名があり、麻旅子さんと言えばインザスープのアルバムジャケットや去年の「オレンジの太陽」のジャケットを撮ってくれた人であり、そんな麻旅子さんは桑原さんの世界観が好きだと今回の話をもらう前の去年の撮影時に聞かせてくれていて、その雑遊系列の居酒屋は去年、地元の友達が来た時にたまったま入って見つけた店で、「いい店みつけたね」と言ってた居酒屋であり。なんつって、なんのこっちゃですが、そんな繋がりもあった。  

んで、また、稽古終盤でおもったのは、やっぱりバンドなんだなぁと共演のみなさんがそう思えてきた。平田さんがドラムでリズムを刻み、お客さんや舞台上の全部を見て受け止めて支える。その上で加奈子さんがボーカルで自由に歌う。増子さんはギターで飛び道具もあり、色んな音を出して彩る。多田ちゃんはキーボードで増子さんとアンサンブルを考えながら彩っていく。勝也さんがベースでリズムをわざとずらしたり、全体の音域を低音でひっぱったりして流れを調整する。自分はコーラスで流れに身を任せて踊る。とそんな風に感じたりもした。  

と、ここまで書いて、楽しいだけで最後までこれたかのような文章だなぁと思うも、もちろんそんなことはなく、先月も書いてたけど、なかなか到達できないラインがあったり、そこを超えるために居残り稽古で桑原さんや演出助手のユカさんに何度もひきあげてもらったりこじ開けてもらったり、相手役の多田ちゃんにはなんどもできない箇所に付き合ってもらったり、ふたりで頭抱えたり、怒られたり、スタッフのみんなもそれにつきあってくれたり。他にも、窮屈だったり、悔しかったり、できなくて何くそと思わせられたり、緊張で手がふるえたり、最後まで悔いの残る箇所もあったし色々あった。そんでも何かに包まれていたから、やったるでと思えたし、止まらずに進めたし前を向けた。

ひっくるめて楽しかったし、たくさん笑った。幸せだったんだとおもう。だからか千秋楽の公演では最後に近づくにつれ、こみ上げるもんがあった。こみ上げるというか、これ役者としては失格なんだろうけど、まだ出番があるのに舞台裏で真っ暗ん中じっと体育座りをして待機している時に、目と鼻からたくさんでてきた。自分がこんな風になるんだとおもった。共演のみなさん、スタッフのみなさん、脚本演出の桑原さん、その一人一人が男女年齢差,キャリア関係なく、ただいいものをみんなで作るという一点に向いてフラットに接してくれて引き上げてもらった。変な言い方だけど男女なくみんな可愛く色気、狂気があって、怖くておもろくてかっちょよかった。そんな中、何もわからん自分が、どうしようもないケンちゃんをやらせてもらったこと、ケンちゃんを可愛がってもらったこと、みんなとお別れすること、ケン一とお別れすること、ケン一としての感情なのか自分としてなのか、ぐちゃぐちゃになった。まいったがこのままではいかんと持ち直して最後の出番を終えた。打ち上げもいつものようにみんなで飲んで笑って終わった。また明日からも荒れ野の住民として続くんじゃないかと、終わりだとわかっていながらどこかそんな感じだった。翌日も昼に目が覚めて、やばい遅刻だと慌てて、あ! 終わったんだったとホッとして寂しくなったりして。役者の人たちはこんなことを繰り返して旅しているのかと思った。みんなは次の役で上書きしていくんだなぁと。自分はケンちゃんをもう少しまとって、荒れ野の匂いに包まれていたくて、風呂に入ったのは2日後だった。切り替えなくちゃなとおもうも自分でもよくわからず、25日にKとライブをして、即興でケン一の台詞を歌った。一度も合わせたことがないのに同じ波長で、Kが引っ張って行ってくれもして、それが一曲の形になってようやく句読点が打てた気がした。  

今年の目標だった脱皮はできたんだろうか、どっちでもいい。どちらにしても、きっと蛇だって脱皮ができたとか考えず、ただただ前に進んでるんだろうなとおもう。  

言えるのは、最後の句読点まで、メンバーやスタッフ、荒れ野のみなさん、友達仲間、しゃかりきチームのみんな、今までの経験、ペテカンのみんな、節目節目でアドバイスをくれた誠人、親兄弟親戚、足を運んでくれたみなさん、気にかけてくれた人、お別れした人、本当にたくさんの人たちに力をもらって支えられて引き上げてもらって今ここにいるってこと。  

今年の経験、この舞台に出させてもらっての経験はきっと時間が経つにつれ、離れて遠くから見れるようになって、宇宙船の窓から眺めて誰かが言った「地球は青かった」よろしくどんどん輝いてみえてくるんじゃないだろうかとおもう。  

教えてもらったこと、言葉、景色、想い、たくさんありますが、まとまるわけもなく、心ん中にしまって燃料にしてまた前に進んでいけたらとおもう年末2017、今年も気にかけてもらい、力をくれてどうもありがとう。大変お世話になりました。今年積んだ燃料で、肩の力抜いてぶっ飛ばして、バッチこい2018年だ。いい年にしたりましょう。来年もどうぞよろしくです。と、今月今年はこの辺で。また来年来月にっ。重ねまして、いい年にしようやね2018!


ツアーしてまわって2017、今年もインザスープで鳴らせてよかった。
来年もガツンと!

先輩達にもシビれさせてもらった!

江ノ島にもパワーをもらい。

旅して旅して

舞台が決まり日焼けはなるべくしないように令が出たので夜釣りにてクロダイを釣り上げ、釣り納め。

走って

走って

初稽古の日。

あたしゃ染みたね。

うまいんだなこれが、友達送ってくれた我が地元のソールフード。東京初日にいただいて。


上が原田芳雄さん
下が椎名誠さんの字

よくみたらフクロウ。
あの目のあたりが喫煙所たまり場。雑優、独特な空気感、その作りに興奮しました。立ててよかったです。

楽屋にて。

楽屋にて2

みんないつもおしゃれなんすね。千秋楽後。来年の目標はおしゃれ。

荒れ野、ありがとうございました!


◆諭介がお答えいたします


■「舞台。練習の感想が断片的でリアルです。 ずっと悲しくてずっとつらい。 ずーーーと舞台の話で、そう言えば中尾さんは歌を歌う人だってうっかりふと思いました。 慣れない場所に飛び込む中尾さん。勝手に力もらってます。 もうすぐ東京公演ですね。千秋楽。何を思いますか??」 (Yuka  2017年12月11日 0:22)
→上に書いたとおり、色々おもったね。まさか自分がそんな風になるとはおもわんかったよ。 まわりの人達が大きすぎたわ。

■「稽古メモ日記の巻、読みました。ヘトヘトになって落ち込んで、変な夢にうなされるか、眠れない日々。諭介さんの恐怖や不安がリアルに伝わってきて、これを読んだときにはまだ舞台を観ていなかったので、本番がとてもとても心配になりました(笑)さらに、お墓参りの翌日の稽古がダメダメだったなんて。ドラマとか漫画だったら、ここでちょっとうまくいったりするんだろうな、って。社長が、話を聞いて、もっと!と思ったんでしょうかね。なんかでもそれはそれでありがたいですね。初めて感じる心になれたのは、経験してないことしたということでよかったんでしょうか。体力的には走っててよかったし。横浜マラソンが繋がってた!ーーー舞台を観ました。すごいと思いました。舞台も今年もあと少しですが、今の時間を大切に過ごしてください。なんだかそんなふうに思いました」 (A.T  2017年12月18日 17:44)
→うん、なかなかドラマみたいにいかんね、これでマラソンやってなかったらもっとくたばってたね、すんごい体力つかったわ。体やわらかくなった。

■「舞台「荒れ野」お疲れ様でした。一晩の出来事なのに、その時間の中に愛情も切なさも凝縮されていて見応えのある舞台でした。 他の「荒れ野」の住人と同じくケン一も愛情も切なさも激しさも持った「荒れ野」の住人でした。  色々感じた事はあるのに今は上手く言葉に出来ないけど、中尾さんはケン一として「荒れ野」にいました」
(柿の種 2017年12月23日 0:11)
→なかなか言葉にできない劇やったみたいやね、人それぞれが違う感想だったり、ザワザワしたといってもらえるとおもろいね。  

■「「荒れ野」観劇しました。ベテランの役者さんにも負けないぐらいの迫力と存在感。諭介さんの新たな魅力を感じました。素晴らしかったです。 もし機会があったらまた舞台に出てみたいですか? 私は観たいなあ! 」
(夕陽 2017年12月23日 23:23)
→ありがと。今回はあてがきと言って桑原さんが役者ありきで話を作ってくれたので、できたことあったけど、そうじゃなかったらまたちがうんだろね。

■「中尾さんこんばんは。舞台を拝見しました。相思相愛故のケンーの苦悩。舞台に在ったのは中尾氏ではなくケンーでした!驚きました。情熱放つ姿、素晴らしかったです。本当に良く頑張ったなあと思いました。闘ってるなあと感じました。なんとも良かったのが、お風呂上がりと、頭にキス。無事にお疲れさまでした。 ケンーと中尾氏のかぶる台詞、単語あります。ちんこ。諭介くんライヴで言いそうです。中尾さんは印象に残る台詞何かありますか?」
(たかの 2017年12月24日 21:42)
→うん、ちんこだね。あとホモ、その使い方に惹かれたね、表現するのがむずかしかったけど。降り幅のひろい桑原さんのそういう言葉の使い方がすごいね。お客さんの反応も毎回ちがってておもろかった。

■「中尾さんこんにちは。 舞台「荒れ野」見れて良かったです。しばらくは、もしかしたらずっと、ケン一達のこと思い出す予感がする作品でした。見てないはずなのに、私の記憶にも「ウエストランドの看板が焼け落ちる瞬間の光景」を見た気がしてるのが面白いなぁと思います。 明けましておめでとうございます。 2018年の初釣りはいつ頃の予定ですか? 私もよく江ノ島いくのですが、とんびにオヤツを何度か奪われました。手に持って、食べてる所なのに取られるのです(ケガはさせない所がすごいぞ、トンビのプロの技?) 中尾さんは奪われたことないですか? 奪われないコツがあれば教えてください! 「がんばってるぜ日本」ついに70回ですか!?すごい!続けてくれてありがとう、これからもよろしく。 ではでは! 」
(しゃるろっか 2017年12月26日 23:25)
→うん、江ノ島のトンビは釣りが終わると真上を旋回してまってんの。片付けて釣れた魚のウロコとってエラとって内蔵とってした処理をしてもってかえるの知ってて、取った内蔵やらを空に投げてやってトンビにあげてるよ。この正月中にいったろうとおもってる。